子育て

2歳の息子が熱性けいれんから痙攣重積(けいれんじゅうせき)になった話

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こんにちは、しまもです。

今回は、息子が2歳の時に「痙攣重積」になった体験談をしようと思います。

痙攣重積になる前の状況、なった時の状況等を細かく書き起こしたらかなりの長文になってしまったので、ご注意ください。

ですが「痙攣重積」は誰にでも起こり得る事です。

「わが子に限って・・・・」

私もそう思ってました。ですが人間何が起こるか分かりません。

熱性けいれんの知識だけでは【痙攣重積】の対応は不十分です。少しでも辛い思いをする子供たちが減る事を願っています。

痙攣重積ってなに?って方は、こちらの記事をどうぞ:熱性けいれんは怖くない?|痙攣重積って何?

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2歳の息子が痙攣重積(けいれんじゅうせき)になった体験談

長男と家庭方針

 

長男は、1歳前後から40度を超える高熱を出す事も数回あり、2歳の時は親としても子供の発熱に対して耐性が出来てきた頃でした。

「発熱は体の中のウイルスを退治するために必要なものであり悪い事ではなし、子供の高熱は割とすぐ回復するから、発熱時は水分補給をしっかりさせて、いっぱい寝かせれば大丈夫!」

「うちの子に大変なことなんて起こらない!」

そう軽く考えるようになっていました。

発熱に対する考え方は今でもこれで良いと思ってます。でも違う事は、

100%なんて無い。うちの子にも大変な事が起こる事もある」と思うようになった事です。

慣れによる軽視は危険だと学びました。

けいれん重積の経緯

まず、長男がけいれん重積を起こす原因となったであろう発熱についてお話します。

発熱

2015年3月13日(金)

仕事を終えて18時に長男を保育園に迎えに行くと、長男の顔が赤く友達とも遊ばず1人でぼーっとしていました。一目見た瞬間(これは熱があるな)と思い長男を駆け寄り抱きしめました、するとやっぱり長男のカラダが熱い。

長男の瞳は潤んでいましたが、私が抱きしめるとにっこり笑ってくれました。

急いで帰宅して熱を測ってみると、すでに熱が38.9度もありました。

すぐに長男を楽な格好に着替えさせて、念のため何か食べたいかを聞くと「いらない」と言うのでそのままお布団に寝かせました。おしゃべりな長男はその時もずっとおしゃべりを続けていました。

「ママ、あそぶ」「ねんねいや!」「アンパンマン見たい」「トーマス見たい」「プラレールで遊んでいい?」などなど(笑

長男はアンパンマンが大好きだったので熱が出た時はいつも

「長男くんのカラダの中にバイキンマンが入っちゃったから、アンパンマンがやっつけてくれてるよ。アンパンマンの顔を焼く為に長男くんのお熱が上がっちゃうんだよ。いっぱいねんねして、アンパンマンを応援しようね」

と伝えていました。だからその時も「ぼくお熱でたの?アンパンマン、がんばってる?」と私に聞いてきました。

「そうだよ。アンパンマン頑張ってるから、長男くんもねんねしてアンパンマンを応援しようね!起きてると、新しいお顔が焼けなくてアンパンマン負けちゃうからね」

そう言うと、長男は頷いてお布団の中に入りました。手足を確認すると、冷たい…まだ熱が上がるようでした。

長男が「さむい」と言うので、お布団と毛布でくるみ体を温めました。

すぐにお布団から出てこようとするので「アンパンマン、やられちゃうよ?」と言いました。すると「ダメ!」と言いながらいそいそとお布団に戻っていく姿が可愛かったです。

喉が乾いたらすぐに飲めるように、麦茶を入れたコップとストローを用意。まだ寒がっているのでアイスノンは用意しませんでした。

やっぱり辛かったのか、横でトントンしているとすぐに寝息が聞こえてきました。呼吸はとても荒く苦しそうでした。

その日の0時過ぎに熱を測ってみると、40度を超えていました。

手足は暑くなっていましたが、まだ汗は出ていません。しばらく様子を見ていると「ママ?」というか細い声。

「ツライね。ママここにいるからね」と声をかけ、麦茶を少し飲ませました。

長男はちょっとだけ麦茶を飲み、またすぐに寝てしまいました。

一旦解熱

2015年3月14日(土)

朝8時ごろに起こして検温すると37.2度になっていました。もう安心かな?と胸をなで下ろし、朝ごはんを用意。昨日は夜ごはんを食べられなかったので、おかゆを用意しました。

おかゆもパクパク食べて「もっと」と言っていましたが、急に食べさせると良くないかなと思い、またお昼に食べようねと言って、その時の朝ごはんは終わりにしました。元気そうだったけど念のためにリビングにお布団を引いて寝かせておきました。

部屋を暗くしてトントンしても、おしゃべりしたり、お布団の上で遊んだりしてなかなか寝ませんでした。それでもなんとか10時頃からお昼まで寝かせました。

お昼頃、目を覚ましたので再度検温すると、39.3度。

ぼーっとした様子で何も食べないし、麦茶もあまり飲みたがりません。「一口で良いよ」とたしなめて、なんとか麦茶を飲ませながら過ごし夕方にはまた40度を超えました。

水分があんまり取れないので、座薬を入れました。座薬を入れしばらくすると少しだけ熱が下がったのでその時に水分を取らせました。ゼリーや果物なら食べられるかと用意しましたが、無理でした。

麦茶もあんまり飲みたがりませんが、脱水が怖いので舐める程度だけど何度も飲ませました。

2度の嘔吐

ちょこちょこ寝たり起きたりと繰り返していましたが、22時頃に突如嘔吐しました。

朝食べたおかゆがほぼそのまま出てきました。お布団には、防水シートをしていたので布団は無事です。

シーツと防水シートを変えて「あつい」というのでアイスノンを用意し長男はすぐに寝かせました。

口の中が気持ち悪そうでしたが、嘔吐してすぐに水分を取らせるのはよくないと聞いたので、口の周りを拭いて一口だけ水を口に入れてペッとさせました。

長男を横にしてから、シーツと防水シートを手洗いであらかたの汚れを落とし、洗濯機を回しました。

変えがもう無かったので、再度嘔吐した時の為に洗濯→浴室乾燥で次の変えを用意。

洗濯機を回している間に、長男に水分を取らせます。その時はいっぱい飲もうとするので、少しだけ飲ませて、また後でねと伝えました。長男は不満そうでしたが、何かを言う元気はなかったようで、すぐにまた横になりました。

10分~15分起きに一口ずつ麦茶を飲ませ、24時頃には私も就寝しました。

2015年3月15日(日)

忘れもしない、人生で一番長い1日の始まりです。

夜中の2時頃再度嘔吐

残念ながら変えのシーツは間に合いませんでした。なので大き目のバスタオルをお布団に引いて寝かせました。

病院へ

4時、6時、8時、検温と水分補給を繰り返します。その間熱は40度から下がらず。

40度の発熱が続き、嘔吐もしたので病院へ行く事にしました。幸い隣駅に日曜日も診療している大きい病院があるのでそこへ行く事にしました。

息子を抱っこ紐で抱っこしてなるべく温かい格好で病院へ向かいます。(車を持っていないので徒歩+電車)

病院で、40度の発熱が続いている事、夜中に2回嘔吐した事、水分もあまり取れていない事を伝えました。何か原因があれば良いなと言う気持ちでした。

先生は「喉は腫れてるけどただの風邪でしょう。脱水にもなってないし様子見でいいと思いますよ」と言いました。先生がそういうなら重大な病気とかで無いんだろうという安心する気持ちと、明確な原因が分からないから対処法が無いという消沈する気持ちが混在していました。鼻水を止める薬と解熱剤を出してもらって帰路へ。

熱性けいれん

長男は少し元気を取り戻した様子だったので、長男をおんぶして私のお昼ご飯を買って帰る事にしました。

時間のかからないものと思い持ち帰りの牛丼を買って、背中の長男と話しながら歩いている突如背中で長男が反り返ったのを感じました。

両腕、両足もピンと伸びきって居ました。長男の名前を呼び掛けるも返事がありません。私は「熱性けいれんだ!」と思いました。

長男はよく熱を出していたので、熱性けいれんについての下調べもしていました。調べたサイトには「熱性けいれんは2,3分で治まる。治まればケロッとしているから心配ない」と繰り返し書いてありました。

なので(大丈夫、けいれんはすぐ治まるんだ…治まったらすぐ帰ろう)と慌てる気持ちを抑えて、なんとか平静を装っていました。

道端でしたがおんぶひもから長男を下し、長男の様子を確認します。

黒目はひっくり返り、手足がピンと伸び、歯を食いしばり苦しそうです。

すぐに落ち着くと思っていたし、道端だったし、携帯はカバンの中だったので、けいれん発作を起こした時間を確認出来ませんでしたこの時しっかり時間を確認しておくべきでした。

その状態でしばらく待ちました。ゆっくり60秒数えたのを覚えています。

でも長男の意識は戻りません。もう一度60秒数えました。

まだ長男の意識は戻りません。もう一度60秒数えました。正確な時間は分かりませんが3分以上経過しても、長男の意識は戻りませんでした。

それどころか口の端から泡も出てきました。そして

 

これは、このまま待ってちゃダメなやつだ!!!と本能的に思いました。

 

思ってからすぐに抱っこ紐を装着し直し、走りました。

病院に戻らなくちゃ!!!

 

私が事前に調べたサイトには、熱性けいれんがとまらないなんて書いていませんでした。

それに「熱性けいれんを見るとビックリするけど、大丈夫だから救急車は呼ばないで」と書いてあったのです。だから、救急車は呼んじゃいけないと思ってました。

けいれんがとまらないときどうすればいいのか分からなくて、パニックです。救急車も呼んじゃいけないし、車も無いし、私には走ることしかできませんでした

でもけいれんを起こした長男を抱っこしたままでは思うように走れません病院まで普通に歩いて20分ほどの距離…

どうすればいいか分からず周りに助けを求めようとしました。でも何を言ったらいいのか、どんな風に助けを求めたらいいのか分からなくて「どうしよ、たすけて、どうしよう…」と呟く事しかできませんでした。今考えても情けないです。

タクシーで再度病院へ

その時、1台のタクシーが後ろから来るのが見えました。あれだ!と思い急いで手を挙げてタクシーに乗り込みます。

「○○病院までお願いします!子供がけいれんしてるんです」

パニックで溢れる涙をこらえながら、そう伝えました。

タクシーのおじさんは、長男と私を見て「それは大変だ!」と急いで病院へ向かってくれました。

車で行けば5分の道のりです。タクシーは短い距離は嫌がられる事が多いです。

でも、この時のタクシーのおじさんは嫌がる事もなく「すぐに向かうからね。大丈夫??」と声をかけてくれました。

「はい、お願いします。まだけいれん、してます。手が変な方向に…」

パニックを起こしていた頭が、少しだけ落ち着きました。

長男が苦しそうにうめき声をあげました。けいれん発作を起こしてから、始めて出した声でした。

変な方向に反り返ったままの手で私の顔を何度か叩きました。黒目の焦点は合わず、左右で違う所を見ています。一生懸命私を探しているようにも見えました。

「○○?ママここにいるよ。抱っこしてるからね。大丈夫だよ、今病院行くからね」

と長男に声をかけました。長男から反応はありません。ただ苦しそうに呻いて手足をばたつかせていました。

もうすぐ病院。財布から1000円を出して母子手帳ケースも鞄から出して用意しました。

「もう着くよ。がんばれ」とタクシーのおじさんが言ってくれました。タクシーのおじさん、本当にありがとう。

病院の前にタクシーを止め、1000円を渡しお礼を言って病院へ走りました。小児科の外来の受付時間ギリギリでした。外来の受付時間なんてすっかり失念していました。あの時タクシーに乗らず走って向かっていたら確実に間に合いませんでした。

再診しかし・・・

受付で「子供がけいれんしました!」と言うと、

受付のおばさんは「診察券と保険証出してくださいー」とこちらも見ずに言いました。

どうするのが正解なのか分からない私は、言われるまま母子手帳ケースから診察券と保険証を出しました。

「何時に何分間けいれんしましたか?」とこちらも見ずに聞かれ

「15分前から、まだけいれんしてます」と言うと、受付のおばさんはようやくこちらを確認しました。

そして今度は「ちょっと待ってて下さい」と言いどこかへ行ってしまいました。

私は抱っこ紐から長男を降ろそうとしましたが、手足が硬直している所為でうまく降ろせません。

半泣きになりながら「○○、病院についたよ。もう大丈夫だよ」と言いながら抱っこ紐から長男を降ろそうとしていると、看護師さんが来てくれました。

「お母さん、大丈夫?落ち着いてね」

私が返事をすると看護師さんは抱っこ紐から長男を降ろすのを手伝ってくれました。荷物と脱ぎ捨てた抱っこ紐を看護師さんが持ってくれました。

「こっちよ」

すぐに診察室へ通してくれました。つい30分前に診てもらった先生です。

「何分にけいれんしたの?」

先生がカルテを見たまま、聞いてきます。私は気が気じゃありませんでした。こんな悠長に質疑応答していいのか?

「あのたぶん、15分ぐらい前です」

「たぶんじゃなくて、何時何分?」

「分かりません!道端だったので、時間を確認出来ませんでした!」

私は声を荒げました。長男の様子も見ずに悠長に質問してくる先生に怒りが湧いてきました。あの状況で正確な時間覚えてる方がおかしい。

「あのね-」

呆れたような感じで、先生がこちらを見ました。たぶん、説教しようとしたんだと思います。けいれん発作を起こした正確な時間が分からないときちんと処置が出来ないのが、今なら分かります。道端だろうが何だろうがけいれんを起こした時間はしっかり記録しておくべきでした。診察時間ギリギリだったし、先生も人間です、きっと面倒だったんだろうな…。

でもけいれん発作中だって言ってるんだから、まずは長男を見てほしかった。今でもそう思います。

先生は、私の膝の上の長男を見て、何かを言うのをやめました。

そりゃそうです。まだ長男の焦点は合わず、左右の眼は違う方向を見て、手足はピンと伸びきり、泡を吹いているんですから。

この状態の長男を確認して、説教を続けるようだったらさすがに私も暴れてたと思います。

先生が立ち上がり「ベッドに寝かせて」と横の簡易ベッドに寝かせるように指示しました。

長男をベッドに置くと、反り返りながらも立ち上がろうとしていました。でもうまく立てなくて、真横に倒れる。

手を使おうともせず、ただ倒れるんです。

その様子を何回か見た先生は、さっきまでの感じとは違い「とりあえずけいれんを止めてみます」と言ってくれました。私はその言葉を聞いて

やっと長男が助かる…!と、ほっとしました。

「お願いします」と伝え看護師さんに促され、廊下に出ました。

看護さんに「座っててね」と言われましたが、長男があんな状態で座って待っていられる母親がいるわけありません。

診察室の扉の反対側の壁にピタリと張り付き、邪魔にならないように待ちました。

診察室の扉が開くのを逃すまいと、溢れそうになる涙をこらえようと、診察室の扉を睨みつけていました。

5分程待っていると看護師さんが別の扉から走ってきました。

「お母さん、オムツある?座薬入れたらウンチ出ちゃったのよ。あとパパとママは熱性けいれんとかてんかんやったことある?」

と。慌てるでもなく、普通に。本当に普通の会話のように聞いてきました。

私は「分からないので聞いてみます」と言いながらオムツを看護師さんに渡しました。

「大丈夫だから、座っててね」

看護師さんは笑顔でもう一度そう言ってまた診察室に入って行きました。

すぐに母に、長男がけいれんを起こした事。私にけいれんやてんかんはあったのか。を伝えました。答えは無し。次に長男の父親にも同じように確認すると「分からないから母親に聞いてみる」という返信が来て、すぐに「やったことない」という答えが来ました。

その時「おかあさーん、もう一枚オムツあるー?」と看護師さんがもう一度現れました、また鞄からオムツを出し渡しました。その時に「両親共にけいれんやてんかんは無い」と伝えました。

今度はもう、座っててとは言われませんでした。

ただ「もう少し待っててね、大丈夫だからね」と言われました。

この時、看護師さんの様子が本当に普通で「もう大丈夫なのかな…?」と少しだけ安心したのを覚えています。

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診察室から廊下に出されて30分ほどしてから、中に入るように呼ばれました。

長男は点滴をして、寝ていました。先ほどのように立ち上がろうともがいてはいませんでした。

長男の無事な姿を確認し、涙が出そうになりました。でも先生が何か話そうとしています。しっかりしなくては!私は溢れる涙をこらえて、先生の方を見ました。

「とりあえず、けいれんは止めました。今は薬で眠っています。」

「けいれんが長かったので、このまま大きな病院へ移動して検査してもらいます」

「おそらくそのまま入院になると思います」

私は全てに「はい」と言ったつもりですが、声になっていたかは分かりません。頷くだけで精いっぱいでした。

長男を見ると、点滴の為に布団から出ていた長男の腕。その指はまだ反り返ったままでした

長男の指をゆっくり触り「指が…」何て聞いていいか分からず、その先の言葉が出てきませんでした。

先生は、私の言葉の意図を汲み取って下さり「まだ硬直してますが、けいれんは止めたので徐々に硬直も取れていくと思います。」と言いました。

先生が「移動までここでお待ちください」と言って席を外した瞬間、泣きました。

長男に苦しい思いをさせてしまった

自分が情けない

無事で本当に良かった

直前に診察を受けて、大丈夫と言われたのに、どうしてこんなことに

長男の笑顔がまた見られるのだろうか

なんでけいれん発作の時間を確認しなかったのか

なんで私のお昼ご飯なんて買おうと思ったのか

寄り道しなきゃけいれんしなかったのか?

抱っこで病院に連れていったのかいけなかったのか?

長男とおしゃべりできなくなったらどうしよう

長男が目を覚まさなかったらどうしよう

 

頭の中はぐちゃぐちゃでした。

再会

しばらくすると、救急車と救急隊員が付き、私と息子は市立病院へ移動しました。

市立病院へつき、長男は処置室へと運ばれて行きました。

私は母子手帳や保険証などを渡して、処置室に戻ってくると目を覚ました長男が看護師さんに抱っこされていました。

「ママきたよ~」

と看護師さんに言われ、長男は泣きそうな顔でこちらに手を伸ばしました。

 

「ママ」

 

長男が私の腕の中に戻ってきました。

 

「今起きて、ママを探してたんですよ」

と看護師さんに言われました。

けいれん発作を起こしてから2時間ぶりに長男の目が私を見ました。

 

長男の起きてる顔を見た瞬間、また涙が溢れてきました。笑いながら泣きました。

 

良かった。

本当に良かった。

この子が無事でよかった。

 

入院から退院まで

入院が決まったら、母と職場に連絡しました。

小学生未満の幼児の場合、入院の際は付き添いが必須なので、その間仕事を休まなければなりませんでした。

まだいつ退院出来るか分からないので、退院が決まったら連絡すると職場に伝え謝りました。幸い上司は素晴らしい人で「大変だったね、こっちのことは気にしなくていいからね」という優しいお言葉を頂き、安心して長男と共に入院することが出来ました。

入院してからも熱が高い状態が続いていましたが、看護師さんや先生に毎日チェックしてもらえたので、安心でした。

入院中もけいれんは無く、ただベッドの上で暴れる長男を何とか宥める日々です。熱があるので小児科のプレイルームで遊ぶことも出来ず、テレビもアニメばかりではないので長男のイライラは溜まるばかりです。

友人がお見舞いに来た時に、長男の為にDVDプレーヤーをプレゼントしてくれたので、かなり助かりました。DVDは家にあるのを母に持ってきてもらいました。

長男の熱は3月21日(土)まで続きました。

金曜日に発熱して実に9日間という長い発熱でしたが、熱の原因は結局ハッキリとは分からず…

おそらく「川崎病かも…」という診断でした。

一通りの検査も問題なく、脳にも異常は見当たらないので、解熱するとすぐに退院許可が出ました。

3月22日(日)に退院。1週間ぶりに自宅です。

全然遊べなくてイライラしていた長男は、帰ってくるなりプラレールを思いっきり広げて遊んでいました。プラレールが終わると別の玩具、さらに別の玩具…とすぐに部屋の中がぐちゃぐちゃになりましたが、あの時だけは汚れた部屋も嬉しかったです。

その後

その半年後、1年後に脳波の検査を行いましたが、そちらも異常は見当たらなかったので、とりあえず1年後の検査で追加検査は終了しました。

長男の場合は、けいれんが長かったので「熱性けいれん」ではなく「痙攣重積(けいれんじゅうせき)」になるそうです。

5歳になる今でも38度以上発熱した場合は、ダイアップ座薬を投与しています。

この時以来幸いな事にけいれんは起こしておりません。小学校に上がる頃には、ダイアップも卒業出来るらしいです。

まとめ

こうして文字にしてみると、私泣きっぱなしですね。

母親のくせに情けないです。

熱性けいれんは心配ないと書いてあるサイトが多数あります。もちろん、ほとんどの熱性けいれんはすぐに治まり、心配ないものなのでしょう。

ですが、熱性けいれんのうち2,3割は5分以上けいれんするそうです

あなたのお子さんが、心配のないただの熱性けいれんになるのか、けいれん重積になるのかは分かりません。けいれん重積になることもあると、覚悟して置く事が大切だと私は思います

 

そしてけいれんが長く続く場合は、救急車を呼びましょう。30分以上けいれん発作を起こすと、障害が残る事もあります。なるべく早くけいれんを止めなければいけません。

 

救急車を呼んじゃいけないのは、2,3分で治まるけいれんの時です。

あの時たまたまタクシーが通り、たまたま診療時間に間に合いましたが、今考えると恐ろしいです。

タクシーが来なければ、診療時間にも間に合わず、30分以上長男をけいれんさせたままだったかもしれません。長男に後遺症が残っていたかもしれません。

私のようにラッキーが続くとは限りません。

今救急車の適切な利用が呼びかけられています。サイトによっては「熱性けいれんで救急車は呼ばないで」と書かれていることもあります。

ですが、5分以上続くけいれんは救急車を呼んでいいんです

けいれんが5分以上続いてしまったら、迷わず救急車を呼んでください。もし、身近に頻繁に熱を出すお子さんが居たら、熱性けいれんの事けいれん重積の事、5分以上けいれんが続いたら救急車を呼んでいい事を話してあげてください。

 

こんなに長い話をここまで読んでくださってありがとうございます。私や長男の経験が少しでもあなたの役に立つ事を祈ります。

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